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労働安全衛生法改正を解説【後編】
前編は、段階的に施行される労働安全衛生法の改正内容に関して、2023年4月1日施行分までを解説しました。
今回は、残りの改正内容について解説します。
施行日まで時間的猶予がありますが、すぐに施行しないということは、一定期間の準備が必要で、準備期間に配慮したスケジュールであると解釈できます。
早めに内容を把握し、必要な準備を計画しておきましょう。
2024年4月1日施行の改正内容
ラベル表示・SDS等による通知義務対象物質の追加
ラベル表示やSDSによる通知が義務付けられる対象物質に、新規234物質が追加されます。
これらの物質は同時に「リスクアセスメント対象物質」にも該当します。そのため、職場で使用する場合には、事前にリスクアセスメントを行い、リスク対策を実施なければなりません。
また「危険性・有害性が確認された全ての物質を順次追加する」ともされており、今後も対象物質は増え続ける見込みです。
対象物質と職場の薬品リストを定期的に照会し、新規に追加された物質への対応が必要です。
濃度基準値設定物質のばく露濃度低減措置
リスクアセスメント対象物のうち、厚生労働大臣が定める「濃度基準値設定物質」については、労働者がばく露される程度を定めた「濃度基準値」以下にしなければなりません。
「濃度基準値設定物質」及び「濃度基準値」は、2023年4月27日に告示されています。
(告示について詳細はこちら)
また、「濃度基準設定物質」に対する措置の内容やばく露の状況に関して、労働者の意見を聴く機会を設けなければなりません。
さらに、その記録を作成し、3年間保存します。
皮膚等障害化学物質等への直接接触の防止
皮膚・眼刺激・皮膚腐食性等や、皮膚から吸収され健康障害を引き起こしうる化学物質(および含有製剤)を製造または取り扱う場合の、保護眼鏡・保護衣・保護手袋等の保護具を使用することが義務付けられました。
健康障害を引き起こすことが明らかな物質を製造し、または取り扱う業務に従事する労働者は、保護具等の使用が義務となります。
2024年4月1日までは、努力義務だったものが義務に強化されます。
衛生委員会の付議事項の追加
常時使用する従業員が50名以上の事業場は、衛生委員会を設置しなければならいません。
この衛生委員会の付議事項…つまり議論すべき事項に、下記の内容があり、管理の実施状況について調査審議を行うことが義務付けられます。
2023年4月1日施行分では、下記の事項が追加されていました。
2024年4月1日からは、さらに下記の事項が追加されます。
・リスクアセスメントの結果に基づき、事業者が自ら選択して講ずるばく露低減措置等の一環として実施した健康診断の結果とその結果に基づき講ずる措置に関すること
・濃度基準値設定物質について、労働者が濃度基準値を超えてばく露したおそれがあるときに実施した健康診断の結果とその結果に基づき講ずる措置に関すること
また、労働者数50名未満の事業所は、衛生委員会の設置義務はありませんが、上記の事項について関係労働者から意見聴取の機会を設けなければならないとされています。
労働災害発生事業場等への労働基準監督署長による指示
労働災害の発生、または、そのおそれのある事業場について、労働基準監督署長が、その事業場で化学物質の管理が適切に行われていない疑いがあると判断した場合は、事業場の事業者に対し、改善を指示することができます。
改善の指示を受けた事業者は、化学物質管理専門家(厚生労働大臣告示で定める要件を満たす者)から、リスクアセスメントの結果に基づき講じた措置の有効性の確認と、望ましい改善措置に関する助言を受けた上で、1か月以内に改善計画を作成し、労働基準監督署長に報告し、必要な改善措置を実施しなければなりません。
専門家の要件は下記の通りです。
・衛生工学衛生管理者として8年以上実務経験
・作業環境測定士として6年以上実務経験かつ厚生労働省労働基準局長が定める講習を修了
・その他上記と同等以上の知識・経験を有する者(オキュペイショナル・ハイジニスト有資格者等)
事故や、その疑いがなければ、特に対応が必要なものではありません。
事故を起こしてしまった場合に、専門家に依頼をしながら、改善措置を徹底する必要があります。
そもそも事故が起こらないように、リスクアセスメントを強化するなど、管理を徹底することが求められます。
リスクアセスメント対象物に関する、健康診断等の義務化
リスクアセスメントの結果に基づき、事業者が自ら選択して講ずるばく露低減措置等の一環として、リスクアセスメント対象物による健康影響の確認のため、健康診断を行います。
事業者は、医師が必要と認める項目の健康診断を行わなければいけません。
さらに、健康診断の結果に基づき、必要な措置を講じなければならなりません。
ただし、健康診断を行わなければならないのは「労働者の意見を聴き、必要があると求める時」です。
「必要があると認めるとき」という表現は曖昧ですが、衛生委員会等で健康不安や「対策が不十分ではないか?」などの意見がでた場合に、現在の健康影響を把握するために健康診断を行う必要があると考えられます。
まら、濃度基準設定物質については、濃度基準値を超えて労働者がばく露した恐れがあるときは、速やかに医師等による健康診断を実施しなければなりません。
健康診断の記録は5年間の保存義務があります。(がん原生物質については30年間)
化学物質管理者の選任の義務化
リスクアセスメント対象物を製造、取扱い、または譲渡提供をする事業場は「化学物質管理者」を選任しなければなりません。
リスクアセスメント対象物の製造事業場には「専門的講習の終了者」という選任要件があります。
その他の事業場には資格要件はありませんが、専門的講習の受講は推奨されます。
化学物質管理者の主な職務は下記の通りです。
• 化学物質に関わるリスクアセスメントの実施管理
• リスクアセスメント結果に基づくばく露防止措置の選択、実施の管理
• 化学物質の自律的な管理に関わる各種記録の作成・保存
• 化学物質の自律的な管理に関わる労働者への周知、教育
• ラベル・SDSの作成(リスクアセスメント対象物の製造事業場の場合)
• リスクアセスメント対象物による労働災害が発生した場合の対応
保護具着用管理責任者の選任の義務化
リスクアセスメントに基づく措置として労働者に保護具を使用させる事業場は、「保護具着用管理責任者」を選任しなければなりません。
選任要件は「化学物質に関わる業務を適切に実施できる能力を有する者」とされており、具体的な資格などはありません。
雇い入れ時等教育の拡充
雇入れ時等の教育の内、特定の業種では一部教育項目の省略が認められていましたが、この省略規程が廃止されます。
危険性・有害性のある化学物質を製造し、または取り扱うすべての事業場で、雇入れ時の教育を実施しなければなりません。
・労働者100人以上の林業、鉱業、建設業、運送業、清掃業
・労働者300人以上の製造業(加工業を含む)、電気業、ガス業、熱供給業、水道業、
通信業、各種商品卸売業、家具・建具・じゅう器等卸売業、各種商品小売業、家具・建具・
じゆう器小売業、燃料小売業、旅館業、ゴルフ場業、自動車整備業、機械修理業
・労働者1,000人以上のその他業種
・機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること
・安全装置、有害物抑制装置又は保護具の性能及びこれらの取扱い方法に関すること
・作業手順に関すること
・作業開始時の点検に関すること
SDS等による通知事項の追加と含有量表示の適正化
SDSの通知事項に「(譲渡提供時に)想定される用途及び当該用途における使用上の注意」が追加されます。
また、SDSの通知事項である、成分含有量の記載について、従来は10%刻みでの記載でしたが、重量パーセント表示の記載が必要となります。
製品により含有量に幅があるものは、濃度範囲を示すことで対応可能です。
重量パーセント表示ができていない場合でも、重量パーセントへの換算方法が明記されていれば、その表記を行ったものとみなせるので、表記方法がメーカー・製品によってバラつきが生じることも想定されます。
作業環境測定が第3管理区分の事業場に対する措置の強化
「第三管理区分」とは、当該単位作業場所の気中有害物質の濃度の平均が管理濃度を超える状態であり、作業環境管理が適切でないと判断される状態をいうものであること、とされています。
つまり、状態が良くない作業現場ということです。
その「第3管理区分の事業場」について、以下の内容が強化されます。
(1) 作業環境測定の評価結果が第3管理区分に区分された場合の義務
① 当該作業場所の作業環境の改善の可否と、改善できる場合の改善方策について、外部の作業環境管理専門家の意見を聴かなければならない。
② ①の結果、当該場所の作業環境の改善が可能な場合、必要な改善措置を講じ、その効果を確認するための濃度測定を行い、結果を評価しなければならない。
(2) (1)①で作業環境管理専門家が改善困難と判断した場合と(1)②の測定評価の結果が第3管理区分に区分された場合の義務
① 個人サンプリング測定等による化学物質の濃度測定を行い、その結果に応じて労働者に有効な呼吸用保護具を使用させること。
② ①の呼吸用保護具が適切に装着されていることを確認すること。
③ 保護具着用管理責任者を選任し、(2)と(3)の管理、特定化学物質作業主任者等の職務に
対する指導(いずれも呼吸用保護具に関する事項に限る。)等 を担当させること。
④ (1)①の作業環境管理専門家の意見の概要と、(1)②の措置と評価の結果を労働者に周知
すること。
⑤ 上記措置を講じたときは、遅滞なくこの措置の内容を所轄労働基準監督署に届け出るこ
と。
(3) (2)の場所の評価結果が改善するまでの間の義務
① 6ヶ月以内ごとに1回、定期的に個人サンプリング測定等による化学物質の濃度測定を
行い、その結果に応じて労働者に有効な呼吸用保護具を使用させること。
②1年以内ごとに1回、定期的に呼吸用保護具が適切に装着されていることを確認するこ
と。
(4) その他
① 作業環境測定の結果、第3管理区分に区分され、上記(1)(2)の措置を講ずるまでの間の
応急的な呼吸用保護具についても、有効な呼吸用保護具を使用させること。
② (2)①と(3)①で実施した個人サンプリング測定等による測定結果、測定結果の評価結果
を保存すること(粉じんは7年間、クロム酸等は30年間)。
③ (2)②と(3)②で実施した呼吸用保護具の装着確認結果を3年間保存すること。
準備期間を活用し、余裕を持った対応を
冒頭にも伝えた通り、これらの改正は交付から施行まで2年近くの期間があります。
その分、対応には相応の準備を要するものばかりです。
例えば、「化学物質管理者の選任」は、専門的講習の受講が必要であり、直前になって対応しようとしても「受講できる日程がない!」という状態になってしまうかもしれません。
それぞれの改正内容に対する対応期間を考えると、現段階で余裕があると言える状況ではなくなってきているかもしれません。
内容を精査し、まずは対応スケジュールを決めていきましょう。
Takeshi Sato 環境情報ソリューショングループ マネージャー
セミナーインストラクターとして、数々のセミナーを担当。オンラインセミナーの実施やeラーニングシステムを使った動画コンテンツの制作にも注力する。コンテンツの企画から講師までを一貫して手掛け、通年80回以上の講師実績を持つ。 また、イーバリューの法令判断担当として、クライアントの法解釈に関する質問や相談に対応。対応件数は年間約1,000件に上る。法令知識だけでなく、省庁や管轄自治体等の行政への聞き取り調査も日常的に行っており、効果的な行政対応のノウハウを持つ。