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化学物質の安全管理【後編】
個別の法規制について、概要の把握を
前編では、化学物質の管理についてSDS(安全データシート)制度を中心に化管法などの全体像を整理しました。
(前編コラムはこちら >>「化学物質の安全管理【前編】SDSを活用して、包括的な対応を」)
今回は、化学物質の使用や廃棄段階で注意しなければいけない関連規制を解説します。
SDSを読むと、化学薬品の組成や成分、危険有害性に加え、適用される法令が記載されています。その法律の概要を把握しておくことで、何をしなければならないのかを簡単にイメージできます。
毒劇法
事業所の監査をしていてよく話題になるのが、「毒物及び劇物取締法」です。この法律は略して「毒劇法」と呼ばれます。
化学物質の中でも、毒性や刺激性が特に強い物質を対象にしているので、非常に厳しい規制がかかっています。急性毒性などに着目して、毒性の強い順に「特定毒物」「毒物」「劇物」に分類されています。
毒劇法に関して、その他の法律と大きく異なるのは、「盗難・紛失」を想定した規制があることです(表1)。
毒物、劇物はほんの少量でも人の命にかかわる可能性があるので、盗まれたり、気が付かずいつのまにかなくなった、ということが無いようにするわけです。そのため、専用の保管庫をもって、一般人が近づけない場所に隔離して、もちろん施錠、鍵の管理も徹底します。さらに管理簿も細かくつけ、入出庫の都度、在庫を管理します(図1)。
図1 管理簿の記載例(東京都台東保健所)
もし、近隣で毒物を使った事件があったとすると、警察が聞き込みに来ます。「近隣で事件があったのですが、貴社の薬品はなくなっていませんか」と言われるわけです。
そこで、警察に「1か月に1回在庫チェックしてますけど、ここ数日の記録はないですね…」と返答していては、警察は事件性がないと納得してくれず、徹底的な立ち入り調査を受けざるを得ない状況となります。
最悪は、疑わしいということで、マスコミに「事件原因は〇〇で使用されている劇物の疑い?」と報道されてしまいます。なので、日常的に管理簿で細かくチェックしなければいけないのです。
表1:盗難・紛失防止のための順守事項
保管のタンクや容器にも、漏えい・流出防止の為の順守基準があります(表2)。構造基準や地震対策が求められています。注目すべきは、飲食物の容器を使用してはならないという規制です。
毒物は一口飲んだだけでも致死量になるケースがあります。間違って、飲んでしまっては取り返しがつかないので、絶対に飲食物の容器は使用しません。
容器は、専用のガラス瓶など、薬品の成分・性状に合わせた容器を使用し、法令にしたがって必ず医薬用外毒物・劇物の表示をします(図2)。通常、薬品は購入段階でこの表示がされています。但し、自身で詰め替えたり小分けにした場合でもこの表示は必要ですから、注意してください。
表2:漏えい・流出防止の為の順守基準
図2 表示の形式(例)
消防法
消防法では、化学物質は危険物に該当する場合があります。危険物とは、下記の特徴があるもので、第1類~第6類までの物質が指定されています。
・ 火災発生の危険性が大きい物品
・ 火災が発生した場合に火災を拡大する危険性が大きい物品
・ 火災の際の消火の困難性が高いなどの性状を有する物品
危険物とは別に、火災時の消火活動に重大な支障を生ずる物質は「消防活動阻害物質」として指定されています。
例えば、熱を加えると有毒なガスが発生する物質は、火災が起こった際に有毒ガスによって消防隊が近づけなくなる可能性があります。また、水と反応して発熱する物質も、放水による消火が逆効果になってしまいます。
話を危険物に戻します。
危険物には指定数量という量が定められており、一定量を超えると保管上の規制や建物の構造基準及び許可、届出が義務化されます。危険物を一定量以上取り扱う施設の場合には、市町村長の許可が必要になります。
許可不要の上限を判断するのが指定数量です。事業者はこの指定数量の範囲内で危険物を保管します。
例えば、重油の指定数量は2000リットルです。但し、重油だけの数量をチェックしていては危険です。指定数量は対象の危険物をすべて合わせて判断します。
重油が200リットルある場合には、指定数量の10%です。ガソリンが180リットルある場合には、指定数量が200リットルなので、90%を使用しています。
2つを合わせると100%になるので、指定数量の上限に達してしまいます(図3)。
図3:2種類以上の危険物を貯蔵する場合
このように計算をしていきます。また、指定数量の5分の1以上を保管する場合には、許可ではなく届出が必要になります。
指定数量ギリギリにとどめていたと思ったら、知らない間に製造現場で危険物を購入していた…というケースも珍しくないようです。事業所内の定期的なチェックが必要です。
水濁法・大防法
水質汚濁防止法・大気汚染防止法は、基本的に事業場外に出る排水や、ばい煙等の規制です。
製造工程で、対象となる有害物質を使用している場合、排水やばい煙にその物質が含まれる可能性があります。この場合は、事業場外に出る前に、排水処理施設や集じん施設によって取り除き、基準値以下にしてから排出しなければなりません。
水濁法の排水基準は、事業場全体から公共用水域に排出される時の基準ですが、大防法はボイラーや精錬施設などそれぞれの施設ごとの基準になっています。ばい煙は、各施設の煙突からそれぞれ排出され、事業場全体のばい煙が集約されることはないので、施設個別に管理することになります。
基準値が守られているか、定期的な測定も必要です。水濁法は年に1回以上、大防法は対象によってそれぞれ決められています(表3)。
水濁法の年1回測定というのは、「最も状態が悪いと予想される条件で測定すること」とされています。排水口ごとに排出水の汚染状態が最も悪いと推定される時期・時刻に採水します。
これは、排水処理施設が故障した場合…など異常時ではなく、生産量が多い時期や暑さで水分の蒸発量が上がり、濃度が高くなる夏の昼など、時期や時刻として、負荷が高いタイミングと考えてください。
表3:測定の頻度(水濁法・大防法)
さらに、水濁法・大防法の規制値以外にも、各都道府県がさらに厳しい上乗せ基準を設けている場合も珍しくありません。また、事業場によっては、「環境保全協定」もしくは「公害防止協定」を周辺地域住民や行政と締結している場合もあります。
排水や大気へのばい煙の濃度の規制値や測定頻度の強化を確認してください。協定違反も法令違反とほぼ同様に、マスコミ報道されることがあります。
廃棄物処理法
化学物質は、廃棄時にも注意が必要です。化学物質が含まれる物を廃棄する際には、「WDS (廃棄物データシート)」を使用することが推奨されます。
WDSは、廃棄物の成分や性状等の情報を正確に伝えるためのフォーマットです。産業廃棄物の処理委託を行う上で、適正処理のために必要な情報を伝えなかった場合には、罰則対象となるため、WDSを使用して廃棄物の情報を伝達します。
WDSは、全ての廃棄物に対して義務づけられているわけではなく、廃液や汚泥など、一見して成分性状がわかりづらい物に関して、使用が推奨されています。不要になった薬品に関しても、木くずやプラスチックのようにわかりやすい性状ではありませんので、こうした情報提供は適正処理のため必須です。
しかし、薬品そのものを廃棄する時にWDSをイチから作成しなければならないのかというと、必ずしもそうではありません。廃棄物処理法で提供しなければならない情報は、SDSの記載項目にしっかりと入っています(表4)
表4:必要な情報とSDSの比較
そのため、薬品そのものを廃棄する場合で成分が変わっていないケースでは、SDSに必要情報がすべて詰まっているので、SDSを渡すことで、WDSの代わりになります(図4)。
一方、いろいろな薬品を混合した場合や、薬品を使用した製造ラインから出てくる汚泥などは、成分が変わっているので、図4で示したとおり、改めてWDSを作成する必要があります。その場合、処理委託する汚泥の法定分析を行い、汚泥のもとになる薬剤のSDSを添付するなど、既存データを活用すればすべての成分等を記入するよりも効率的に作成ができます。
このように、廃棄する物の特徴をとらえて使い分けましょう。
図4 SDSとWDSの利用例
新規薬品購入時のリスクアセスメント
最後に、新しい薬品を購入する際の注意事項をお伝えします。皆さんは、SDSをいつ入手していますか。薬品が納入されると同時にSDSも入手していることも多いようです。
しかし、実務上の手順を考えると、本当は薬品の購入を検討するタイミングで、SDSを入手しておく必要があります。例えば、薬品を購入したあとで、消防法の指定数量が10kgだったことが判明したらどうでしょうか?
重油が2000リットル、ガソリンが200リットルだったので、指定数量をかなり圧迫する物質であることがわかります。
その他にも、使用時には局所換気装置が必要な薬品は、どうでしょうか?
元々、局所換気装置のある設備で使用するつもりであったなら問題ありませんが、そうでなかった場合、届いたその日にこの情報を見たとしたら、即時にこれらをカバーする管理態勢をとることができるでしょうか?
労働安全衛生法なども法令順守が不可欠になります。
こうした事態もあり得ると考えると、事前にSDSを取り寄せて、受け入れ態勢を確保したうえで、購入すべきであると考えられます。SDSはWebでも容易に入手できます。これは、リスクアセスメントや環境ISOの考え方にもつながっています。
化学物質管理におけるリスクアセスメント対象物は法改正で順次追加され、2023年4月からはリスクアセスメントに関する記録の作成と保存も義務付けられています。労働安全衛生法では、SDS交付義務の対象となる物質について事業場におけるリスクアセスメントが法的義務となっています。
リスクアセスメントといっても、何をしたら良いのかわからない…という場合は、厚生労働省が提供している、「CREATE-SIMPLE」というツールを使用するのがお勧めです。
対象の化学物質を選択肢、濃度などをSDS情報から補足し、換気の状態など使用環境を入力すると、自動でリスクアセスメントシートを作成してくれます。
あくまで自動的な簡易判定なので、リスクが高いという結果が出た場合には、より詳細な対応をする必要があるかもしれませんが、第1段階として手軽にリスクアセスメントを行う事ができます。
リスクアセスメントを確実に行い、事前準備をしっかりとすることで安全に化学物質を取り扱うことができます。
最後に
化学物質管理に関する法令は多岐にわたり非常に複雑です。
例えば・・・
・火災爆発など物理化学的リスクに関係する消防法や労働安全衛生法、火薬類取締法など。
・人の健康リスクに関する毒劇法、労働安全衛生法、土壌汚染対策法など。
・人の健康リスクと生活環境(動植物含む)への影響の両方に関係する化審法、化管法、大防法、水濁法。
・不要になった化学薬品などの廃棄に関する廃棄物処理法、フロン排出抑制法、水銀汚染防止法、高圧ガス保安法など。
これら多数の法令(政省令含む)を全部読み理解することは相当困難です。
本コラムを一読して、取り扱う化学物質のSDS情報から適用される法令をチェックして、前広に対策を検討することが合理的で有益であることがご理解いただけたと思います。
Takeshi Sato 環境情報ソリューショングループ マネージャー
セミナーインストラクターとして、数々のセミナーを担当。オンラインセミナーの実施やeラーニングシステムを使った動画コンテンツの制作にも注力する。コンテンツの企画から講師までを一貫して手掛け、通年80回以上の講師実績を持つ。 また、イーバリューの法令判断担当として、クライアントの法解釈に関する質問や相談に対応。対応件数は年間約1,000件に上る。法令知識だけでなく、省庁や管轄自治体等の行政への聞き取り調査も日常的に行っており、効果的な行政対応のノウハウを持つ。